2024年7月の糖尿病ニュース
GLP-1 医薬品の効果と安全性
第84回米国糖尿病学会年次学術集会(ADA84)から第二報です。
ADA84ではGLP-1(ベース)医薬品の大規模臨床試験FLOW、SURMOUNT OSA、
STEP HFpEF、SELECT 各試験の結果が論文と同時に発表されました。
詳細は省略しますが心・腎・肥満症へのエビデンスがさらに追加され、体重・血糖コントロールとは独立した効果(多面的効果)も示されました。
一方、GLP-1医薬品により軽度の消化器化症状を訴える人は少なくなく、少数例ですが胆石症を発症した人、網膜症悪化・甲状腺がんの不安を訴える
人、膵炎の既往があり処方を控えている人もおられ、シンポジウム;Severe GLP-1RA Side Effects in Obesity Treatment-Fact or
Fiction?(肥満治療におけるGLP受容体作動薬重篤な副作用―事実かフィクションか?)を契機に、講演中に引用されたDiabetes Care 6月6日オン
ライン版(1)と合わせ副作用について考えてみました(タイトルは肥満治療とありますが論文(1)では2型糖尿病治療も含めた内容です)。
第一人者であり(1)の著者でもあるDrucker先生が全体像を解説しました。
吐き気、嘔吐、下痢、便秘などは40~65%に見られ、重症の場合飲水量の減少・脱水から急性腎障害(1%未満にみられる副作用の可能性)を引き起こすこともあります(1)。
消化器副作用は中枢神経GLP-1受容体を介します。
胆嚢関連イベントは3%以下におこる副作用として確定されています(1)。
奈良県医師会ホームページによると日本での胆石保有率は人口の約10%で糖尿病、脂質異常症、脂肪肝などが危険因子でアルコールや総カロリーの取り過
ぎが影響し、さらに胆嚢収縮機能が弱い人にできやすいと言われています。胆石の治療は無症状の場合基本的に経過観察ですが、痛みの出る確率は年1~2%、
半数~8割は無症状のままです。
シンポジウムではメタアナリシスデータが提示され胆石症の相対リスクは1.3~1.7、薬剤別ではリラグリチドが1.79、経口セマグルチドが0.77でした。
仮に300人にGLP-1医薬品を処方しているとするとそのうち30人ぐらいにもともと胆石が存在し、上記自然歴の1.5倍リスク増とすると30×0.02×1.5≒1より
1年に1人ぐらいは胆石症がおこることになります。胆嚢充満(収縮)に関与するのはGLP-2でありGLP-1ではないのでメカニズムは不明な点もありますが、
臨床的に体重減少の大きい症例(週1%以上、胆嚢収縮減少)にはウルソ500~600mgを投与するという意見が他の演者からありました。また潜在的な胆嚢
イベントについて患者、特に胆嚢疾患の既往歴のある患者と話し合うことが勧められていますが、処方前の腹部エコー検査などは症例が多く医療機関運営に
支障与える為ルーチンとしないことが了解事項のようです。
膵炎はDPP4阻害剤に比しリスクは低い(1.05 vs 1.75)というメタアナリシス結果が提示されましたが臨床的には急性・慢性・再発性膵炎では禁忌、
6ヶ月以上経過した急性膵炎、胆石膵炎では必要性を吟味して慎重投与という見解でした。注意点として血中アミラーゼ、リパーゼ増加を膵炎マーカー
にしてはいけないことが強調されました。膵腺房細胞にGLP-1受容体がありGLP-1受容体作動薬により血中アミラーゼ、リパーゼは上昇し、処方がなく
ても2型糖尿病では上昇することがあります。
膵癌についてランダム化対照試験は観察期間が短く発症者が少ない為、Clalit ヘルスケアデータベースにより2024年発表された3290439人・年、543595人
2型糖尿病調査結果が提示されましたがインスリン治療者と比較するとリスク比は0.5、因みに急性膵炎の増加もみられませんでした。
糖尿病性網膜症については従来リスク増加がみられたのは糖尿病歴が長く高血糖症例において急速な血糖コントロールを行った為と考えられていますが、
今回別の網膜症関連シンポジウムでも同様の見解が聞かれました。
甲状腺癌についてはマウス・ラットのC細胞由来髄様癌増加が発端で、甲状腺髄様癌または多発性内分泌腫瘍2型の個人歴または家族歴のある患者には、
GLP-1受容体作動薬を使用しないことが推奨されていますが、種差が大きく非C細胞腫瘍リスクのデータが乏しい(対照群甲状腺エコー実施率不明など)
ため、また甲状腺がんの過剰診断の蔓延に寄与することを避けるためにこれらの薬を開始する前、開始後に甲状腺結節のスクリーニングはしないこと、
甲状腺結節が見つかった場合GLP-1受容体作動薬有無を重症度判定に用いない、不必要に処方を制限しないことが提案されました。
精神神経科・神経内科領域、産婦人科領域では精神状態への影響、予期せぬ妊娠について現段階では(他の演者から)精神状態の観察を日常診療において
行うこと、妊娠可能性のある女性へのきめ細かい対応(妊娠する前には中止)が提案されました。
消化器内視鏡、術前麻酔領域で一部のガイドライン上、誤嚥性肺炎、検査時胃腸内容残存防止のため一定期間休止が指示されていますが支持するデータが不十分で
一律休止はどうなのかという考えが述べられました。
サルコペニアの副作用は可能性ありということですが(1)に将来の展望があったので抜粋します。
「GIP-GLP-1受容体コアゴニストであるチルゼパチドの成功により、下図((1)から引用)のように独自の薬物動態および薬力学的プロファイルを持つ新しい分子
実体および組み合わせの開発も進められています。」例えばACVR2 (activin receptor type 2A)とGLP-1受容体コアゴニストはサルコペニアをおこしにくい
ことが図示されています。
参考文献
- Drucker DJ:2型糖尿病と肥満に対するGLP-1 医薬品の効果と安全性. Diabetes Care47: 1-16, online June 6 2024
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