今月の糖尿病ニュース

2021年10月の糖尿病ニュース

初期β細胞機能異常かインスリン過剰分泌か

おおはしクリニック膵β細胞インスリン分泌機能と膵β細胞量を反映するディスポジションインデックス(DI)(1)は前(境界型)糖尿病IFG(米国基準で空腹時血糖100~125かつ糖負荷試験2時間値200未満)の段階ですでに40%ほど低下、糖尿病と診断されるころは80%低下していると報告されています(2)。したがって血糖値異常が見つかってからではβ細胞異常(DI低下)を初期に発見するのは難しいことになります。例えば若年性2型糖尿病などインスリン分泌低下速度の顕著な例では切実な問題かもしれません(2)。インスリン転写因子減少に伴うインスリン生合成・分泌低下、アポトーシス、脱分化などβ細胞糖毒性解除に期待されるSGLT2阻害剤(3)にしても使うタイミングが気になります。

今月はDiabetes誌の目次を見ていたところ「何が基礎インスリン分泌を規定し高インスリン血症をもたらすか?」(4)というタイトルに惹かれ調べてみました。なんと2011年のアメリカ糖尿病学会(ADA)Banting Lectureで既に理論は発表されていてまずびっくり。たしか講演会場にいたはずですが難解で断念した覚えがあります。
ニュースタイトルは総説(2)からお借りしたものですが、前者は環境因子と異常β細胞遺伝子にインスリン抵抗性が加わりインスリン分泌減少から2型糖尿病へと進行する従来の考え方、後者は環境または遺伝子によりβ細胞過剰刺激が加わり高インスリン血症(原発性)となり肥満および低血糖防御のためインスリン抵抗性が生じ、さらにβ細胞消耗から2型糖尿病になるというものです。

おおはしクリニック後者の考えに似た事例として若年糖尿病があり同じインスリン抵抗性、血糖レベルでも成人型糖尿病より相対的にインスリンが高値ではあるものの原発性高インスリン血症というよりはインスリン非依存グルコース取り込み(グルコース介在グルコース処理GMGD)減少のため代償性高インスリン血症になるのではと考えられています。ちなみに糖尿病家系正常耐糖能者において将来糖尿病なるものはGMGDが減少しインスリン抵抗性が増しているそうです(2)。
またGMGD減少といえばIFGでは主な病態といわれています(5)。空腹時血糖は基礎内因性糖産生と組織糖取り込みのバランスで決まります。内因性糖産生はIFGでは増加しておらず肝インスリン抵抗性はあるも基礎インスリン増加によって代償されている形です。従って組織糖取り込みが減少するため空腹時高血糖が増加しますが全身インスリン抵抗性はないのでGMGD減少によるものということになります。GMGDにはGLUT1が関与しますがGLUT1遺伝子、蛋白減少が2型糖尿病で報告されています(5)。
なおIFGが軽度の一相インスリン低下(空腹時血糖90以上になると進行)のみに対してIGTは一相のみならず2~3相インスリン分泌も低下し、全身インスリン抵抗性もありますが、2型糖尿病への進展を抑える臨床試験はIGT対象のものが中心でIFGはあまり行われていないそうです(6)。

おおはしクリニック以上若年性糖尿病、糖尿病家系正常耐糖能者、IFGの共通点としてGMGD減少が述べられています。いずれも高インスリン血症をともない(やすい)状態ですが原発性高インスリン血症を強く疑うという考察はみられませんでした。そこで原発性高インスリン血症に話を戻します。まず慢性的な過栄養、食品添加物、腸からの糖尿病発症因子が基礎インスリン分泌過剰をもたらす環境因子として挙げられています(2)。
そして今回、2011年のBantingLectureではファクターXとされていた高インスリン血症の正体がROS(活性酸素種)とLC-CoA(長鎖acyl-CoAエステル)が適切に増減できないことであると提案されました(4)。その結果食べ物を摂らない時間も栄養過多とβ細胞が誤って感知しインスリンを出し続けるというのです。通常低(食前)血糖時はLC-CoAがβ細胞細胞質からミトコンドリア内に入ってATPを産生、細胞質LC-CoAは低下してインスリン分泌は減少、食後はβ細胞内で解糖系活性からMal-CoA増加により細胞質にLC-CoAが残りグルコース刺激性インスリン分泌を促進する一方、同時にオフスイッチも入りLC-CoAを下げインスリン分泌を止めます。ところが原発性高インスリン(基礎インスリン高値)では食前でも細胞質、ミトコンドリア内ともにLC-CoAは増加、細胞質ROSも増加しオフスイッチが入らずインスリン分泌が増加します。
すべての人でインスリン抵抗性があるから代償的に高インスリン血症になると単純なものではなく複雑な仕組みがあり、それを解明すれば一部の遺伝背景をもった人に限るかもしれませんがより早期に介入可能となりβ細胞温存につながるかもしれません。

参考文献
  1. 天野絵梨 藤本新平: 膵β細胞機能不全のメカニズム1.インスリン分泌と糖尿病におけるその破綻. 糖尿病59(5): 322-325. 2016
  2. Esser N, Utzshneider KM, Kahn SE:初期β細胞機能異常 対 インスリン過剰分泌 耐糖能異常病因における最初の出来事として. Diabetologia 63: 2007-2021, 2020
  3. Kaneto Hら: SGLT2阻害剤の予期せぬ多面効果:この新しい糖尿病薬の真珠と落とし穴. Int J Mol Sci 22(6): 3062, 2021
  4. Corkey BEら: 何が基礎インスリン分泌を規定し高インスリン血症をもたらすか?. Diabetes 70:2174-2182, October 2021
  5. Alatrach M, DeFronzo RAら: IFGでは基礎インスリンレベルにおけるグルコース介在グルコース処理(GMGD)が障害される. J Clin Endocrinol Metab 104:163-171, 2019
  6. Kanat M, DeFronzoRAら:前糖尿病の治療. World J Diabetes 6(12): 1207-1222. September 25 2015
2021年10月

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