今月の糖尿病ニュース

2021年1月の糖尿病ニュース

分岐鎖アミノ酸と糖尿病

今年もヨーロッパ、アメリカ糖尿病学会学術総会は完全WEB形式、日本糖尿病学会はオンサイト部分開催予定と報じられていて残念ですが、糖尿病と上手に付き合うことは健康増進のみならずコロナウイルスから身を守り延いては日常社会生活が早く戻ることにも繋がるのでより一層モチベーションを高めていきたいと思います。

おおはしクリニック近年筋肉・筋力を維持する重要性(サルコペニア予防)は一般に、特に高齢者においてよく認識され筋トレ教室に通う人、アミノ酸サプリをのむ人も少なくありません。そんな中分岐鎖アミノ酸(BCAA)関連の論文(1)を見つけたので調べてみました。
BCAAとは必須アミノ酸ロイシン、イソロイシン、バリンの総称で、食物蛋白質総アミノ酸の約20%をしめます。エネルギー基質、栄養調節、栄養信号、ミトコンドリア生合成の4つの生理作用があり、遊離型がその作用を持ち体重70㎏のヒトの血中と筋肉の遊離BCAAは合計で3g以下です(2)(3)。
エネルギー基質として異化状態ではAMPKを介して酸化され同化状態ではmTORを介して蛋白合成を促進します。インスリンは同化作用がありますがインスリン抵抗性状態ではその作用は減弱します。そのため1型糖尿病でインスリンを打たないと異化(蛋白分解>合成)が亢進しますが、高インスリン血症・インスリン抵抗性を伴う2型糖尿病では、(同じインスリンレベルかつインスリン抵抗性のない場合と比較して)蛋白合成は増加しません(5)。
最近の総説(3)では「インスリン抵抗性、肥満、2型糖尿病は基本的同化状態だが異化(グルカゴン抑制不十分、交感神経活性化などによる)混在状態であり、そのような状況ではBCAA補充療法は同化異化どちらが優位かによって効果が正反対になることもあるため、健康に有用な作用をもたらす投与方法を研究する必要がある」としています。
例えば血中BCAA濃度高値と肥満、インスリン抵抗性は1960年台からすでに結び付けられており、最近10年ほどの大規模前向き臨床試験では血中BCAAと芳香族アミノ酸状態は将来の2型糖尿病とインスリン抵抗性を予知する可能性を示している(1)ということですが、
それに関して「その状態でBCAAを摂取したらどうなるか?耐糖能やインスリン抵抗性の悪化はないか?」について検討した論文が最近でも出ています。OGTT検査上血糖値の上昇は見られませんでしたが機序については今後の検討課題としています。

おおはしクリニック運動前に5g程度のBCAAを摂取すると運動中の筋蛋白質分解抑制、遅発性筋肉痛を軽減する(BCAA摂取後体内遊離BCAA濃度は30分でピーク、2時間で元のレベルに戻る)(2)類似事項はBCAA商品の説明としてもよく聞きますが、運動はBCAAに対してどんな作用があるのか?(1)では耐糖能異常有無別(異常無:NG対 有:DG、空腹時血糖90対120、HbA1c5.2対5.5、BMI24 対29、肝脂肪2.8 対 9.1)平均50才台男性26名に12週間運動負荷を与え前後で高インスリン正常血糖クランプ法によるGIR(グルコース注入率=インスリン感受性指標)測定、筋組織・脂肪組織生検、血中BCAAおよび代謝産物測定、最大酸素摂取量測定、上下肢筋力測定、MRIによる肝膵他10ヶ所部位別脂肪測定を行いました。
既報通り血中BCAAはDGで高く、運動によりGIR増加、体組成改善、肝脂肪減少がみられ、BCAAは主として筋において分解または異化が亢進し、運動によるインスリン感受性改善に関与していました。運動前BCAA代謝に関する遺伝子発現はGIR、ミトコンドリア内容マーカーと比例、脂肪量全般特に内臓脂肪と反比例していました。
BCAA分解系はほぼミトコンドリアに存在し主要酵素(律速)はBCAT、BCKDH(またはBCKDH複合体BCKDC)で、BCKDC活性調節はBDKが行い(例えばグルココルチコイドはBDK抑制→BCKDC活性化によりBCAAを糖新生の基質として利用、インスリンはBDK促進→BCKDC低下)ます(2)。BCKDHはDGでNGより低下していましたが運動でNGと同等に増加しました。

おおはしクリニックインスリン感受性改善とBCAA代謝の改善の関係について知り、BCAAの安全性は一応確認し効果的な摂り方を考えるヒントとなりました。なお今回はBCAAと筋肉、脂肪との関係にスポットを当て肝疾患、脳、免疫等との関係(3)については省略しています。

参考文献
  1. Lee Sら:正常耐糖能、耐糖能異常男性における分岐鎖アミノ酸代謝、インスリン感受性、肝脂肪量の運動トレーニングへの反応. Diabetologia 64: 410-423, February 2021
  2. 下村吉治: 分岐鎖アミノ酸代謝の調節機構.日本栄養・食糧学会誌65(3): 97-103, 2012
  3. Bifari Fら:(総説)BCAAは哺乳類において異化と同化状態を別々に調整する:薬理学的視点から. British journal of Pharmacology 174: 1366-1377, 2017
  4. Woo SLら:肥満、前糖尿病男性女性におけるBCAAの糖代謝への影響、ランダム化クロスオーバー試験. Am J Clin Nutr 109: 1569-1577, 2019
  5. Pereira Sら:2型糖尿病におけるタンパク代謝のインスリン抵抗性. Diabetes 57: 56-63, January 2008
2021年1月

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