今月の糖尿病ニュース

2019年7月の糖尿病ニュース

嗅覚障害と糖尿病

おおはしクリニック嗅覚障害は呼吸性(副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎)、末梢性(感冒後などの嗅粘膜性、頭部外傷などによる嗅神経切断=末梢神経性)および中枢性の3種に分類されます。
中枢性嗅覚障害は、嗅神経よりも中枢側で障害が生ずるタイプです。ニオイ情報が脳まで伝達されると、過去に入力されたニオイの記憶と照合して「何のニオイであるか」を認識する情報処理を行います。また同時にニオイ情報は、記憶し整理されます。頭部外傷や脳腫瘍、脳梗塞、パーキンソン病、アルツハイマー病などにより脳が障害をうけると発症します(1)。
嗅覚障害罹患率は日本では不明ですが米国では1~3%と報告されています(2)。

糖尿病・肥満は嗅覚障害の危険因子(2)であること、2型糖尿病患者における嗅覚障害と認知機能低下の関連は既に報告されていますが(3)、磁気共鳴機能画像法(fMRI)、詳細な嗅覚検査を用い認知機能、嗅覚機能、嗅覚中枢神経系ネットワークの相互関係を調べ、さらに(嗅球と海馬など中枢神経細胞にGLP-1受容体をもつことから)GLP-1受容体作動薬の効果を観た最近の論文(4)を読んでみました。


著者らは昨年すでに同様の方法で認知機能正常2型糖尿病における嗅覚障害と、ニオイで誘発される脳活動・脳内機能的連結(6)(7)の非糖尿病者との差異を報告しています(5)。脳活動の差異は一次嗅皮質(海馬傍回、梨状皮質、扁桃体、嗅周皮質)、島、眼窩前頭皮質、海馬等のうち左海馬と左海馬傍回にみられ、また右中および下眼窩前頭皮質との機能的連結が不良でした。
2型糖尿病では嗅覚行動試験と認知機能評価に有意な関連がみられましたが、非糖尿病者ではほとんど見られませんでした。空腹時血糖低値、空腹・食後(2時間)Cペプチド高値において嗅覚行動試験・認知機能評価上好成績項目が多く見られました。また2型糖尿病においてニオイで誘発される脳活動と食後Cペプチド間、脳内機能的連結と食後Cペプチド・インスリン、記憶、処理速度、遂行機能、嗅覚行動試験総合点間に有意な相関が見られました。

媒介分析を行うと食後Cペプチド(が高いと)遂行機能(がよい)という関係において、嗅覚行動試験総合点と脳内機能的連結が介在(食後Cペプチドが高いとなぜ遂行機能がよくなるか説明する因子となる)することが示されました。

おおはしクリニック今回同様の方法で肥満の影響、GLP-1受容体作動薬の効果が調べられました(4)。
被検者は35~70才(平均約50才)の中国人、①非糖尿病群(平均BMI23.7)35名、②肥満(BMI30以上平均32.1)糖尿病群35名(平均A1c8.1%)、③非肥満(平均BMI24.5)糖尿病群35名(平均A1c8.3%)です。認知機能検査MoCAスコアは①ではすべて26以上(正常)ですが②③群には19以上26未満(軽度認知機能低下=MCI)が含まれました。平均スコアは①28.3、②26.6、③27.4でした。
ニオイで誘発される脳活動で最も3群間で差のあったのが左海馬で、②群では①③群に比し右島との脳内機能的連結が低下していました。②群では全般的認知機能、嗅覚域値が低下し、上記fMRI所見が見られました。②③群では肥満度とエピソード記憶、空腹時インスリンと処理速度に負の相関がありました。媒介分析では嗅覚機能と左海馬活動が肥満度・インスリン分泌と認知機能に介在していました。
②群に対して3ヶ月間のGLP-1受容体作動薬(ビクトーザ1.8mgまたはバイエッタ20μg分2にランダム化)治療を行ったところMoCAスコア、嗅覚テスト総合点、ニオイ誘発右海馬傍回活動の改善が認められました。 まとめると肥満糖尿病患者の認知機能低下早期診断に嗅覚、fMRIからのアプローチの有望性、治療にGLP-1作動薬の可能性ということで興味深く読みました。問題となる左海馬との機能的連結部位が(4)では右島、(5)では右中および下眼窩前頭皮質であること、食前食後インスリン・Cペプチドがインスリン分泌、抵抗性、または脳内インスリンの何を反映するのかやや曖昧であること、糖尿病・非糖尿病群の差においてHbA1c等血糖関与の度合い、GLP-1 作動薬の効果において体重(-6kg)、HbA1c(8.0→6.4%)低下の関与有無など若干疑問点は残りますがパイロット研究とのこと今後の展開が楽しみです。

参考文献
  1. 公益財団法人長寿科学振興財団偏 健康長寿ネット:嗅覚障害(2019年2月1日更新)
  2. 日本鼻科学会:嗅覚障害診療ガイドライン. 日鼻誌56(4), 2017
  3. Sanke Hら: 高齢2型糖尿病患者における嗅覚障害と認知障害の関係. Diabetes Res Clin Pract 106: 465-473, December 2014
  4. Zhang Zら: 2型糖尿病の認知機能障害において肥満は嗅覚障害を介して影響を及ぼす:臨床と機能的神経画像研究からの洞察. Diabetes Care 42: 1274-1283, July 2019
  5. Zhang Zら: 2型糖尿病患者における認知機能低下初期徴候としてのニオイ誘発脳活動変化. Diabetes 67: 994-1006, May 2018
  6. 小野田慶一 山口修平:安静時fMRIの臨牀応用のための基礎と展望. 日老医誌52: 12-17, 2015
  7. 渡辺宏久ら:脳のfunctional connectivity networkと神経疾患. 神経治療33: 186-190, 2016
2019年7月

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