今月の糖尿病ニュース

2016年10月の糖尿病ニュース

非重症低血糖の認知機能への影響

インスリン治療中の患者さんで自己血糖測定記録に50~70mg/dl程度の血糖低値を多数認めた場合、70mg/dl以下にならないようインスリン単位調節や生活の注意点について話し合いますが、無症状の場合今一つ切迫感に乏しく受け入れが悪いケースがあります。

他人の助けを要する低血糖を重症低血糖と呼び、意識障害リスク・生活の質低下以外にも心血管死リスクとの関連(必ずしも因果関係ではない)などが知られていますが(1)、その他の低血糖(アメリカ糖尿病学会では以下4つに分類:①血糖値70mg以下かつ症状あり②血糖値70mg以下だが無症状③低血糖らしい症状があるも血糖値不明④低血糖らしい症状があるも血糖値>70(1))については重症低血糖の伏線として避けるべきではあるものの、(短期では臨床的変化が出にくいため長期間にわたって正確に低血糖を記録する必要があり方法的困難のため)認知機能への影響に関してデータが不足しています(2)。

おおはしクリニック今回1型糖尿病において長期間非重症低血糖が繰り返された場合認知機能が障害されるか否かについて、酸化ストレスによる病理的反応を介して認知機能障害がおこるという仮説のもと検証が行われました (2)。Nrf2欠損マウスを用いて実験は行われました。
Nrf2とは転写因子nuclear factor-erythroid2p45-related factor2の略で酸化ストレス防御機構の中心的役割を担い、破綻することにより易発癌性、外来異物/酸化ストレスに対する感受性の亢進、炎症・免疫系の異常、鉄代謝の異常、神経変性疾患に対する感受性の亢進などが引き起こされます(3)。以下要約です。

正常マウスからSTZにより1型糖尿病モデルマウスを作製、8匹ずつ4群(①非糖尿病②非糖尿病+低血糖③1型糖尿病④1型糖尿病+低血糖)に。Nrf2欠損マウス(筑波大学から提供)も同様に7~8匹ずつ4群に。1型マウスの基礎インスリンは通常の半分である1日あたり0.05U/kg以下に抑え高血糖状態(約360mg/dl)に維持した。

低血糖負荷群マウスには2時間の低血糖を週2回ペース、4週間に計8回負荷した。 Nrf2欠損マウスには1mU/g、正常マウスには0.75mU/g 、1型マウスには4mU/g のインスリン投与の結果、いずれも血糖値は45~54mg/dlの範囲に収まり群間差はなかった。
認知機能は最後の低血糖エピソードから三日以上あけてから新奇物体認識試験(NOR) ;認識指数D3で評価、および自発的交替行動試験 ;%Alternationで評価、で試験。
海馬組織中の脂質過酸化、蛋白カルボニル化、炎症性サイトカイン蛋白レベル、Nrf2およびNrf2標的遺伝子・炎症遺伝子・ハウスキーピング遺伝子RNAレベルを測定。

Nrf2欠損マウスでは非欠損(正常)マウスに比し、低血糖により海馬の酸化ストレス・炎症反応が増強したことから、認知機能障害に酸化ストレスが絡むことが示唆された。
非重症低血糖繰り返しは1型糖尿病では認知機能障害を引き起こし(非糖尿病では障害なし)、海馬の酸化ダメージ、炎症と関連していた。Nrf2およびNrf2標的遺伝子発現が亢進していた(Nrf2依存性抗酸化作用示唆)。
一方Nrf2欠損マウスでは1型糖尿病そのものの影響と低血糖の影響が独立して影響を与えた。

以上より1型糖尿病ではNrf2による抗酸化作用のみでは低血糖による神経障害防御が不十分のため、作業および長期記憶が慢性的に欠損したと推察された。
1型糖尿病の酸化ストレス増大原因は、低血糖後の(糖補給過剰による)高血糖の可能性もあるが今回の実験では不明である。
非重症低血糖繰り返しは脳に悪影響与える可能性があることがわかりました。 患者さんにどうフィードバックするかは今後の課題です。

最後に重症低血糖について最近の話題です。
重症低血糖有無別の長期認知機能低下差異報告はありますが、もともと軽度の認知機能低下があったため重症低血糖の下地になっていた可能性も指摘されており、より詳細な認知機能フォローを行ったDCCT研究では因果関係は否定されています(1)。
重症低血糖頻度はA1cレベルや治療薬種類以外に腎不全、高齢、うっ血性心不全、心血管疾患、うつ病等罹患有無に影響(高頻度)受けるため、これらハイリスク者を重点的に低血糖予防する考え方があります(4)。

参考文献
  1. Seaquist ERら: 低血糖と糖尿病:アメリカ糖尿病学会・内分泌学会作業部会報告. Diabetes Care 36: 1384-1395, May 2013
  2. McNeilly ADら:繰り返す低血糖に対してNrf2を介する神経保護は、1型糖尿病げっ歯動物モデルの認知機能障害予防には不十分である. Diabetes 65: 3151-3160, October 2016
  3. 弘前大学分子生体防御学講座ホームページ
  4. Pathak RDら:アメリカ統合医療事業体にて管理される成人糖尿病患者大集団において、医療介入を必要とする重症低血糖. Diabetes Care 39: 363-370, March 2016
2016年10月

>>糖尿病ニュースバックナンバーはこちらから

▲ ページ先頭へ