今月の糖尿病ニュース

2015年10月の糖尿病ニュース

インスリン抵抗性を凌駕する高用量インスリン治療について

生活習慣改善が困難で食事・運動療法が上手くいかず体重が増え高血糖を呈する場合、インスリンをたとえ高単位でも使って血糖コントロールする考え方は常に議論の的となってきました。
このような場合インスリン抵抗性、つまりインスリン作用が十分発揮されない状態が下地にあるため肝臓や骨格筋に糖を取り込ませて血糖を下げようとすると高用量インスリン治療が必要になるのですが、仮に臓器間に抵抗性に差があり脂肪組織は相対的に抵抗性が少ないとすると「脂肪が蓄積することになるので」、あるいは高インスリン血症は「動脈硬化を引き起こすので」、などが反対意見の代表例だと思います。
今回ご紹介する論文(1)は日常臨床で頻繁に直面するインスリン抵抗性の問題に新しい視点を与えてくれるものです。

「代謝ストレスに対する生体防御システムとしてのインスリン抵抗性」説

インスリン抵抗性は常に有害と考えられていますが、インスリン感受性(抵抗性)は日内リズム、季節、年齢、妊娠、疾患、栄養摂取、エネルギー消費によって変わる代謝生理の統合なのです。
心筋:例えば短期間の過栄養は心臓、筋肉のインスリン抵抗性を増し、栄養を脂肪組織にまわるよう調節します。言い換えるとインスリン抵抗性がなければ心臓細胞は過栄養となり代謝性心筋障害を引き起こし心不全、不整脈、心臓死、心筋梗塞後生存率の低下を引き起こすのです。心筋細胞は骨格筋細胞より高用量インスリン治療によりインスリン抵抗性が凌駕されやすいことがわかっていて、結果として通常はどちらか一方だけ取り込まれる遊離脂肪酸と糖両者が心筋細胞に入ってくることになります。血糖値が高い症例ほど顕著で、実際に心筋細胞中の脂質含量が増えていたという報告があります。
メカニズムは多様でポリオール・ヘキソサミン・AGE産生亢進、酸化ストレス、ミトコンドリア機能不全、ERストレス、有害脂質・セラマイド蓄積、AMPK低下が挙げられています。 総称でインスリン惹起性代謝ストレスと呼ばれるこれらの変化は、最近心筋障害、虚血再灌流傷害の原因として関心が高まっているインフラマゾームの活性化も引き起こすとされています。インスリン受容体とβ2アドレナリン受容体のクロストークによりインスリンが心収縮力の低下させることも報告されています。
血管内皮:インスリンシグナルは血管防御的なPI3K/AKT経路と動脈硬化促進的なMAPK経路の2つがあります。栄養過剰状態では前者のみインスリン抵抗性になるのでインスリンは後者のみ活性化させる結果、動脈硬化性血管合併症リスクを高めます。一方栄養状態がコントロールされた状況ではインスリンは前者の活性化により(血管拡張作用のある)一酸化窒素産生亢進、接着分子発現抑制、平滑筋細胞増殖抑制を発揮します。
肝・内臓脂肪:高インスリン血症は非アルコール性脂肪肝の要因ですが高血糖が重なると進行が速まり脂肪性肝炎、肝硬変を引き起こします。高血糖は内臓脂肪の炎症表現型を増強するとも言われています。

臨床試験からの考察

ACCORD試験では強力な(あるいは強引な?)血糖コントロール(=強化治療)の結果通常治療より総死亡率が1.22倍増加しました。介入前HbA1cが高く血糖コントロールが改善しにくい群が高死亡率にリンクしています。強化治療では77%がインスリン治療を受け27.8%の人で10kg以上体重がふえました。また参加者平均HbA1cは8.3%、BMIは32でした。
ADVANCE試験の参加者平均HbA1cは7.5%、BMIは28、強化治療群のインスリン使用率41%、体重増加はありませんでした。
VADT試験の参加者平均HbA1cは9.1%、BMIは31、強化治療群のインスリン使用率87%、体重増加は年1.5kgとACCORDより大でした。
ACCORD試験と背景の似ているVADT試験の強化治療群で心血管死が増えました(1.32倍)。
以上3試験にUKPDS試験を加えたメタ解析では強化治療は心筋梗塞を15%減らし、死亡率に差はありませんでしたが、結果の違いは参加患者の異質性によるものと考えられています。例えばVADT試験において冠動脈に石灰化の少ない層では強化治療の心血管イベント減少効果が見られました。患者背景によってインスリン強化治療は利益にも不利益にもなると考えられます。
ORIGIN試験はインスリンを境界型糖尿病の段階から積極的に使った試験ですが、参加者の介入前血糖が低ければ(HbA1c6.4%)肥満(BMI30)、介入後少々体重増加(0.3kg/年)があっても心血管系予後に悪影響を与えないことがわかりました。

肥満2型糖尿病治療へのフィードバック

インスリン治療はBMIが低く、Cペプチドの低い患者で言うまでもなく有益である。BMIが高い患者ではCペプチドの低い群であれば有益の可能性があるが、体重が下がらない限りインスリン高用量使用を避け目標血糖レベルは下げ過ぎないほうがよい。栄養過剰の患者では栄養を減らせば生体防御システムとしてのインスリン抵抗性は減る。栄養過剰の患者ではGLP-1受容体作動薬、αグルコシダーゼ阻害剤、メトホルミン、SGLT2阻害剤が勧められる。
以上(1)のまとめ図から文章に書き換えてみましたが、患者一人ひとり治療法は異なることを肝に銘じたいと思います。

追記;Diabetes Care11月号に関連論文が出ました。詳細はまたの機会としますが(1)を否定するものではないようです。

参考文献
  1. Nolan CJら: 代謝ストレスに対する生理的防御としてのインスリン抵抗性:一部2型糖尿病患者治療方針への意味. Diabetes 64: 673-686, March 2015
2015年10月

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