今月の糖尿病ニュース

2013年3月の糖尿病ニュース

脳の報酬系
おおはしクリニック

3月17日東京で開かれた日本糖尿病学会主催、食事療法に関するシンポジウムに参加しました。日本人の「糖尿病食事療法への提言」と10年ぶりに改訂される「食品交換表」の二部構成で(私の感想では)炭水化物の比率をいかに設定するかをメインテーマに様々な角度から説明と議論が行われました。50~60%が強く推奨されるものの絶対的なものでなく、例えば腎障害や動脈硬化のリスクが低ければそれ以下の比率も、食後高血糖対策を行えばそれ以上の比率もあり得るという意見が出ました。炭水化物・タンパク質・脂質の量のみならず質も大事、糖尿病の予防と治療は別に考える、年令別に例えばロコモや認知症も意識したものを、など今後の課題も提案されました。

おおはしクリニック

「(スタンフォードの)自分を変える教室」という本が世界的ベストセラーになっているそうです。脳の報酬系とは1953年オールズとミルナーがラットの脳のその部位に電極を入れ刺激装置を設置したところ餌に見向きもせず足にやけどを負ってもラット自らスイッチを押し続けたことを契機に発見された中脳腹側被蓋野~側坐核を中心としドパミンを介して活性化される脳内経路ですが、この本では自己コントロールの鍵として大きく取り上げています。例えば・・人生に意義を与えてくれるような本当の報酬と、分別をなくして依存症になってしまうようなまやかしの報酬を見極めるため、脳で何が起きているか理解する(例えばラットが必死にレバーを押している姿を思い浮かべる)ことが一助になります・・・などです。 
3月23日琉球大学・益崎裕章教授の講演をお聞きする機会がありましたが糖尿病を脳の病気と考えればこの報酬系が大きく関わっているそうです。例えば報酬を得る感度が低くなるため大量に服用せざるを得ない薬物依存と似たメカニズムで高脂肪食の渇望が生じる(たくさん食べないと満足しない=報酬を得ない)という説(#)があるそうです(1)。一方「自分を変える教室」では報酬系は幸せそのものではなく幸せの予感、または興奮様状態(例えば食べ物の看板を見たとき)をもたらすだけのもの($)と説明されています。やや難解複雑な報酬系ですが、両者の立場から報酬系を検討した論文2編を最近のDiabetes Care誌より紹介します。(恒常性食欲調節を司る)視床下部に対してインスリン・レプチンは食欲抑制的に、グレリンは促進的に働くとされていますが(下図参照)、(2)では(快楽的な食欲調節を行う)報酬系に対する作用を対陽電子放射断層画像撮影法(PET)による脳内報酬系各部位ドパミン2型受容体(D2R)結合予備力(例えば内因性ドパミンが多数存在していれば競合により放射能で標識した外因性のドパミン拮抗物質は結合しにくい)を用いて調べています。肥満、非肥満女性の空腹時血中インスリン・レプチン・グレリンおよびBMI、インスリン感受性を測定しPET所見と対比したところ以下の結果を得ました。
a)腹側線状体においてインスリン感受性はD2R結合予備力と逆相関する b)尾状核においてBMI・レプチンはD2R結合予備力と正相関(ドパミン量と逆相関)する c)グレリンは腹側線状体その他においてD2R結合予備力と逆相関する。 a)は今後のさらなる研究必要、b)は"肥満は報酬動機付け回路のドパミン信号不足"という現在一般的な仮説(#からみた報酬系)と一致と説明されていますが、c)は複雑さの一端を表していると思います。著者らはグレリンの低い肥満者を説明するには#の立場を支持するとしていますが、腹側線状体は$からみた報酬系に重要な場所とされているため肥満者でグレリンが低いのは食欲をおさえる妥当な抑制調節の結果という立場も紹介しています。
(3)は報酬系を$の面から検討したものです。ストレス・フードキュー(好物を食べるときの期待感などを文章にして食欲を刺激する)刺激下、脳内で活性化される部位を機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)で検出し、部位別活性度合いとインスリン抵抗性指数(HOMA-IR)および食べ物渇望度合いとの相関や、肥満者・非肥満者の違いを調べました。以下結果です。①刺激により肥満者にのみ線条体、Insular(島)、視床下部の活性化が見られた②食べ物の渇望、インスリン、HOMA-IRレベルは刺激下皮質辺縁線条体の活性と正相関したが肥満者にのみ限定された③肥満者においてインスリン抵抗性と食べ物の渇望との関係は線条体、島、視床を含む動機―報酬系の活性を介している。 以上よりインスリン感受性を改善すればフードキューやストレスによる皮質辺縁線条体の活性化も抑えられ、それにより食べ物の渇望が抑えられ食行動に影響を与えるかもしれない。

#と$の相違はincentive salience 理論というもので説明されたおり#をliking component、$をwanting componentと呼ぶそうです。また参考のため図をお借りしました(4)。

おおはしクリニック おおはしクリニック   寝屋川ハーフマラソンに職員有志で参加しました。全員クオーター完走です。
参考文献
  1. 益崎 裕章ら:総説「三つ子の魂百まで!」子供の食育が人生を決める. アンチ・エイジング医学―日本抗加齢医学会雑誌8: 751-762, 2012
  2. Dunn JPら:ヒト肥満におけるドパミン2型受容体結合予備力と空腹時神経内分泌ホルモン・インスリン感受性との関係. Diabetes Care 35: 1105-1111, 2012
  3. Jastreboff AMら:肥満者においてストレスを感じた時および食べ物の誘惑(food cue)がある時感じる食べ物への渇望と脳内神経系との関連:インスリンレベルとの関係. Diabetes Care 36: 394-402, 2013
  4. gecioglu Eら: 体重コントロールへの快楽(hedonic)および欲求(incentive)シグナル. Rev Endocr Metab Disord 12: 141–151, 2011

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