今月の糖尿病ニュース

2012年11月の糖尿病ニュース

今月は17日糖尿病学会近畿地方会、24日IDF-WPR(国際糖尿病連合西太平洋地区)会議主催市民公開講座、26日IDF-WPR会議/AASD(アジア糖尿病学会)学術集会(合同開催)と紅葉の京都に午後から3回足を運びました。

おおはしクリニック

市民公開講座ではカンバセーションマップを初めて体験しました。IDFにより全世界に導入されている糖尿病教育資材ですが日本では2年前から糖尿病協会が管理、普及活動を行っています。残念ながらハードの要・マップキットはファシリテーターにしか手に入らず、ファシリテーターになるチャンスは日本中探しても年4回計80名のみ、非公式の勉強会は皆無、と正直言って本気で普及する気があるのかと思っていましたが実際参加してみると理由がわかりました。最初は固い雰囲気でどうなるかと思っていたのも束の間、皆本音で語りだし60分があっという間に終わったのです。よく工夫された双六様のマップは見ているといろいろ自分の体験と重なって思い出し、決してなに何「しましょう」と言わない巧みなファシリテーターの誘導のもとそれを自由に話せる雰囲気になるのです。頭を使うと血糖がさがる、ストレスで血糖は上がる、運動最中より運動後に低血糖がおこる、菓子パンが一番要注意、など体験談も従来の座談会より深く掘り下げられた感じでした。最近はインターネットの普及で直接の交流が減ったと言われますが、画面との対話では得られないものがあると思いました。

IDF-WPR/AASDでは会長講演と続くシンポジウムに参加しました。 西太平洋地区は全世界中最も糖尿病患者、またそれ以上にIGT(境界型糖尿病)の多いことが特徴でシンポジウムではIGTを早期に診断する方法としてHbA1c5.2以上、 空腹時血糖100以上の他食後2時間の尿糖が提案されました。インクレチン関連ではGIPとGLP-1の違い(治療後血糖が改善してくるとGIPがインスリン分泌に果たす比率が増す)、魚を主食の15分前にとると食後血糖が30以上下がる実験結果、インクレチンの腎症・神経障害・動脈硬化・骨への有用性などが紹介されました。

文献紹介は難聴です。以前より耳鼻科からステロイド治療中の血糖コントロール目的で突発性難聴の患者さんをたくさん紹介されたことがきっかけで糖尿病と難聴の関係には関心がありました。当時は高い合併率が疑われるものの原因不明と聞いていましたが5~6年ほど前から精度の高い疫学調査や病因解明が進んでいるようです。突発性難聴だけでなく老人性難聴、騒音性難聴なども糖尿病患者さんには多いと言われ、そのためしばしば診寮中コミュニケーションに難渋します。また認知症や鬱の原因にもなるとされ、今回糖尿病・内分泌系の一流雑誌に論文2編が掲載されたのをきっかけに内科医として考えてみました。

2008年発表された20~69才平均的米国人調査では低中音域(500~2000Hz)25dB以上の軽症難聴有病率は糖尿病合併者で21.3 %、非合併者で9.4%とされ(高音域3000~8000Hzではそれぞれ54.1%、 32.0%)、糖尿病合併者のオッズ比は低中音域1.82、高音域2.16でした。そして今回新たにメタ解析の結果(2)が発表されましたが引用された論文は13編で2004以降のものが10編、オッズ比は2.15でした。つまり糖尿病の人は2.15倍難聴の人が多いということであります。糖尿病の人に難聴が多いことは年齢に関係なく有意でした(60才以下オッズ比2.61、61才以上同1.58とむしろ若い人の方が顕著)。血糖値レベルと難聴の関係、血糖コントロールによる難聴の改善については依然不明で今後の課題としています。また騒音の有無は難聴の合併率に影響しませんでした。

難聴の病因について最新の文献では、高血糖による蝸牛動脈血管壁肥厚(細小血管障害)は認められるものの聴力・蝸牛動脈血流低下は軽微または認められず、騒音など聴毒性が結びついてはじめて有意に聴力回復・血流が低下し、らせん神経節(内耳にある聴力を司る神経)細胞密度低下がおこると動物実験結果が報告されています(3)。なお騒音はフリーラジカルなどの代謝産物により神経細胞や線維を障害し、蝸牛の血流障害からアポトーシスにより有毛細胞死およびらせん神経節の遅発性細胞死を誘導すると言われています。(蝸牛は内耳の一部ですがインターネットで検索すれば図解説明が多数あります)

血糖コントロールの悪い履病歴の長い糖尿病患者さんでも必ずしも聴力低下があるわけでないが騒音、聴毒性物質、感染などが加わると聴力低下がおきやすいという仮説が成り立つ為(3)、血糖コントロールのよくない患者さんには(騒音があれば)職場環境を改善できないか尋ねたり、音楽を聴くときの音量に注意してもらったり、聴毒性のある薬を避けたり、逆に騒音を避けられない場合血糖のコントロールをより厳しくする必要があるかもしれませんがこれらの介入試験はまだ行われていません。フリーラジカルを消去する薬の検討も興味あるところです。

    参考文献
  1. Bainbridge KEら:米国における糖尿病と聴力障害: 1999-2004年NHNES調査から聴力検査を用いたエビデンス. Ann Intern Med 149: 1-10, 2008
  2. Horikawa Cら: 成人において糖尿病と聴力障害の危険性;メタ解析. J Clin Endocrin Metab 電子版 November 12, 2012
  3. Fujita Tら: STZ糖尿病マウスにおいては内耳騒音障害感受性が高まる. Diabetes 61: 2980-2986, 2012

>>糖尿病ニュースバックナンバーはこちらから

▲ ページ先頭へ