今月の糖尿病ニュース

2012年1月の糖尿病ニュース

2012年あけましておめでとうございます。本年も最新の糖尿病ニュースをクリニックの視点、立場でお伝え致しますのでどうぞよろしくお願い致します。

年頭のビッグニュースはHbA1cの国際標準化が日常臨床にも適応開始になることです。今年の4月からは例えば従来(JDS値)の6.5%は6.9%になります。発表されてまだ数日なので今回詳細は述べませんが今後はこのニュースでも国際標準値(NGSP値)を用いることにします。

今月はまた低血糖をとりあげます。

「脳卒中になりたくないのですがHbA1cをどこまで下げたらよいですか?」とよく患者さんに聞かれ臨床医の立場上6.2(JDS5.8)%未満と答えたりしますが、実は一概に低ければ低いほどよいとは言えないようです。その人の糖尿病罹病期間、心大血管疾患既往歴などにより異なるとは思いますが、2008年ごろ発表された大規模臨床試験(ACCORD試験)の結果では目標設定を6.0%未満と厳しくすると(実際達成したのは6.4%=強化群)予防にならないばかりか7%台を目標(実際達成したのは7.5%=通常群)とするより死亡率が高くなったからです。そこでクローズアップされたのが低血糖でした。なぜなら強化群で重症低血糖頻度が高かったため低血糖が死亡率増加の原因と推測されたからです。

しかしその後、一度でも重症低血糖を起こした人を集めて比較すると通常群の方に死亡率が高いことがわかり重症低血糖で強化群死亡率増加の説明はつかない(1)と結論され、また最近では単に目標A1cレベルで是非が決まるのではなく、体重を増やさないこと、教育水準が高いこと(2011年欧州糖尿病学会)、早朝に急激に血糖が下がらないこと(2011年アメリカ糖尿病学会)などが目標HbA1cを低く設定する際のチェックポイントとして提案されていました(2)が、今回「軽症」低血糖がACCORD試験においていかに予後に影響したか解析結果が発表されました(3)

自己血糖測定で70mg/dl未満を軽症低血糖(50未満を重症低血糖)、軽症低血糖にも関わらず自覚症状のなかった経験を無自覚性低血糖(軽症低血糖を繰り返すと低血糖症状が出にくくなること)と定義し、無自覚性低血糖の頻度とは約5年間4ヶ月毎(計14~15回)の問診時に報告のあった回数のこととして統計処理した結果、強化群では追跡最終期間の軽症低血糖回数と無自覚性低血糖の頻度が多いほど死亡率が低いことがわかり(下グラフ参照。文献3Table2より改編)、なかでも救急処置の履歴がある人でより顕著でした。通常群では有意差はつきませんでした。ちなみに1週間あたりの自己血糖測定回数は強化群17.6回通常群12.7回、1週間あたりの軽症低血糖の回数は強化群1.06回通常群0.29回、無自覚性低血糖の頻度は強化群5.8%通常群2.6%でした。

認知機能の問題(認知機能が落ちると軽症低血糖が減り死亡率が高まる)、低血糖教育の重要性(とくに救急処置の経験があると自己管理能力が向上する)などが影響したとも考えられていますが、注目すべきは頻回または無自覚性低血糖が交感神経反応などを抑えることにより循環器系へのストレスを減らした可能性です。

おおはしクリニック

頻回の軽症低血糖または無自覚性低血糖は、前準備(プレコンディショニング)または代替エネルギー利用促進の引き金になり低血糖耐性(トレランス)を形成すると考えれば(今回のACCORD調査結果のように)適合現象かもしれませんが、重症または遷延性低血糖からときに細胞障害・死をもたらすことや以前問題になった低血糖による自動車運転事故増加を考えれば当然適合不全現象となります。まだ不明の点が多くとくに適合と考えるのは慎重でなければなりませんが、MRIやPETなど画像法により低血糖時の脳血流・脳活性変化の解析が次々行われ、アイソトープを用いて低血糖時の代償性?脳内糖輸送増加や脳へのグリコーゲンまたはMCTの代替エネルギーとしての可能性が示されるなど今後の研究成果が期待されます(4)。

なおこの論文(4)では低血糖による認知機能低下はDCCT/EDIC研究では否定されたものの対象が選ばれた特殊な若い集団だったことから、中高年などにも当てはまる普遍的結論とするのはまだ早いとしています。 まとめですが現在のところ臨床医としては早期から厳格に血糖コントロールすること、ハイリスクの人にはインスリン強化療法やCSIIなどを用い、糖補給・インスリン調節教育により低血糖をできるだけ避けること、を心がけたいと考えます。

参考文献

  1. Bonds DEら: 2型糖尿病における症候性重症低血糖と死亡率の関係:ACCORD研究の後ろ向き疫学的分析. BMJ 2010; 340: b4909
  2. 岡林 純江ら: 厳格な血糖管理と低血糖、糖尿病患者の長期予後. 糖尿病 2011; 54(12): 880-882
  3. Seaquist ERら: ACCORD研究において頻回低血糖と無自覚性低血糖が死亡率に与えた影響. Diabetes Care電子版 2011年12月16日付
  4. McCrimmon RJ: 低血糖に対する中枢神経系反応に関して最新情報. J Clin Endocrinol Metab 2012; 97: 1-8

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