今月の糖尿病ニュース

2020年12月の糖尿病ニュース

糖尿病と心不全

今年特集記事でよく見かけたテーマの一つに心不全があります。日本内科学雑誌2月号「令和時代の心不全診療」、日本医師会雑誌6月号「心不全パンデミック」、糖尿病情報BOX&Net(糖尿病治療研究会監修)4月1日号巻頭言「新たな糖尿病合併症ターゲット~認知症と心不全~」などですが、心不全は認知症などと並んで糖尿病患者の老後のQOL(生活の質)を低下させる疾患であり循環器科との連携、多職種連携、国民啓蒙など新たな視点が必要と感じました。

おおはしクリニック3月13日には日本循環器病学会と糖尿病学会合同委員会による「糖代謝異常者における循環器病(動脈硬化性疾患、心不全、不整脈)の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント」が発表されました。糖尿病と心不全の関係については19~20ページ、55~56ページに疫学、病因の記載があり、高齢、罹病期間、インスリン使用、冠動脈疾患既往、慢性腎臓病、血糖コントロール不良をリスクファクターとしています。また心不全は収縮不全(駆出率40%未満)を伴うHFrEFと駆出率50%超のHFpEFに分類されますが、HFpEFの機序として心筋細胞への糖化産物の蓄積、間質性壊死とコラーゲン過剰形成、カルシウムホメオスタシスの障害、心筋微小循環障害、高インスリン血症による心筋肥大心筋インスリンシグナル伝達の障害の関与を挙げています。
肥満の少ない日本ですが、BMIと心不全特にHFpEF発症リスクに正の相関があること、とくに女性に顕著であることも書かれています。

アメリカ糖尿病学会からはDiabetes Care12月号にPerspectives(視点)(1)が出ました。
糖尿病に関連する心機能不全に関与する原因として上記以外にレニンアンギオテンシン系・交感神経系・エンドテリン活性化、糖と遊離脂肪酸に関する心筋代謝異常が書かれています。心筋代謝異常に関しては糖から遊離脂肪酸への代謝転換が心収縮拡張不全をおこすという説があり、SGLT2阻害剤の効果は心への効率のいいエネルギー供給という考えに繋がるのですが、大変議論が多く正反対に冬眠状態を作り出すからだという考え方もあるようです(本年3月このニュースでもとりあげました)。しかし心不全の病態研究はまだこれからでゲノミクス、メタボロミクス、プロテオミクス、新手法を用いたミトコンドリア機能研究によって10年後には大きく進展することが期待されています。
心不全治療薬の臨床試験結果一覧表と解説にはアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、洞結節HCN4チャネル阻害薬イバブラジン、グアニル酸シクラーゼ刺激剤も含まれていますが本年8月に「エンレスト®」として販売開始となったARNIは「神経内分泌系調整領域の大きな進歩の一つでありナトリウム利尿ペプチドの作用亢進に寄与」したと書かれており3つの国際共同試験が行われています。HFrEFを対象に心血管死および心不全による入院の発現リスクをエナラプリルと比較した2014年発表PARADIGM-HF試験において35%の糖尿病合併者の心不全入院は21%の有意な減少、心血管死は減少傾向でした。
HFpEFを対象としたPARAGON-HF試験には触れていませんがNovartisのWebサイトをみると主要評価項目には有意差がでなかったが(左室駆出率57%以下、女性で効果大)などサブ解析では興味ある結果があったようです。日本人を対象にしたPARALLEL-HF試験の結果も昨年学会発表があったようです。
SGLT2阻害剤の心不全への有用性は今回省略しますが糖尿病合併有無に関係なく効果があること、HFpEFを対象としたEMPEROR HF-Preserved試験、DELIVER試験が進行中であることが述べられています。

GLP-1受容体作動薬は心不全に対しては推薦していません。
1型糖尿病でも心不全は多く血糖コントロールの有用性は示唆されるも、研究対象者が少ないため2型に準じて診療が行われているとしています。

おおはしクリニック最後にDeFronzo先生、Iozzo先生らが出された(一般には心不全に禁忌である)ピオグリタゾン(アクトス®)が心機能に有効であるという論文を読みました。
被検者は2型糖尿病12名(耐糖能正常対照12名)と少ないですが心機能はMRI、全身インスリン感受性は正常血糖インスリンクランプ法、心グルコース取り込みはPETで評価されています。ベースラインの平均心駆出率は60.7%、糖尿病歴4年、HbA1c6.8%、年齢51才、 BMI31でした。6ヶ月間のピオグリタゾン15~45mgの投与により全身及び心筋インスリン感受性、左室収縮・拡張機能は改善し、心筋インスリン感受性と拡張機能改善には強い相関があったというものです。その後の追試は検索したところ見つかりませんでしたが、臨床上心不全のない人にピオグリタゾンを投与しても心不全を必ずしも誘発するわけでなく、むしろ心機能を改善する可能性があるというのは教訓です。

参考文献
  1. Shaw JAら:現代の糖尿病合併心不全診療. Diabetes Care 43: 2895-2903, December 2020
  2. Clark GD, Iozzo P, DeFronzo RAら:ピオグリタゾンは糖尿病患者において左室拡張機能を改善する. Diabetes Care 40: 1530-1536, January 2017
2020年12月

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