今月の糖尿病ニュース

2012年7月の糖尿病ニュース

糖尿病の治療、特に薬剤治療は病態や社会的状況により個別化の方向(1)ですが、運動療法にもその流れが押し寄せています。同じ運動療法を行う糖尿病患者さんでもウォーキング・ジョギングなど有酸素運動の好きな人、腹筋・バーベルなど筋トレの好きな人、のんびり時間をかけてしたい人、時間のない人、やせたい人、血糖を下げたい人、脂質代謝をよくしたい人、運動の嫌いな人、また合併症により運動を制限されている人など様々です。

この糖尿病ニュースシリーズ2010年12月号でも紹介した運動療法ガイドライン、すなわち週3日以上合計2時間半、有酸素運動をメインとした方法(2)はきっちりとしたデータの裏付けがあり、ある程度具体的なものの、忙しい多くの人には非現実的で達成困難ではないかという指摘があり、選択肢の一つとして有効性を検証すべき方法として1分間の強い(最大心拍数の90%)運動を1分間の休憩と交互に10回行う方法(LVHIT=Low Volume High-intensity Interval Training)を提案しています(3)。60%時間を節約でき、同じ運動を長時間行う忍耐力不要なのがメリットです。心臓に対する効果が中強度の運動より大きい(3)という点も注目されます。同様なメッセージとして高強度運動によってのみ肥満と独立して腹囲が減少・HDL増加が得られる(4)、ジョッギングはウォーキングより運動効果が期待できる(5)という学会報告がありました。

一方静止時間が長いことが肥満・糖尿病のリスクとする立場からは、5時間の座業をする場合1時間に3回2分間立ち上がってゆっくり歩行程度の軽作業をする(腰の落ち着かない人になろう !? )だけで糖尿病になるリスクの高い集団において血糖値が10程度さがる実験結果(6)があります。強い運動が無理な人の日常運動法として、仕事が立て込んでいるときの妥協策としてなど結構対象者が多いのではと思います。

さて今回運動療法をとりあげようときっかけになったのは今年のアメリカ糖尿病学会で発表された"若い2型糖尿病患者は中高年発症者と異なり、週2500kcalカット・最大酸素摂取量70%の運動を6ヶ月行っても血中TGが下がらずインスリン感受性が改善しない"というポスター(7)でした。一般に年令に伴ってインスリン抵抗性は増加するので中高年者のほうが運動も効きにくいのでは?若い人は(実験時間以外の)食事運動が十分出来ていなかっただけでは?と始めは半信半疑でしたが調べてみるとすでに論文(8)も出ており、ミトコンドリア機能不全が原因ではないかと言われているようです。ミトコンドリアの機能不全の上流には骨格筋PGC-1αの異常などが筋生検で確認されており(9)、先天的、後天的(脂肪毒性)、エピジェネティック的機序が推測されています。

レジスタンス運動は筋量を増やすという慢性効果により基礎代謝を上げ血糖値を下げることはわかっていましたが、一回限りでも有酸素運動に匹敵する血糖低下作用があるという、機序は明らかでありませんが急性効果が報告されました(10)。 上記のような有酸素運動治療抵抗例に対して強度をあげるとどうなるかとともに、機序が異なるかもしれないレジスタント運動の効果はどうか興味のあるところです。

もうひとつ難しい問題としてあたかも運動したような効果があると言われるメトホルミンに(有酸素+レジスタンス)運動は相加効果が少ないという報告 (11)があります。また別の機会に考えてみたいと思います。

おおはしクリニック

参考文献

  1. Inzucchi SEら: 2型糖尿病における高血糖マネージメント:患者中心のアプローチ. ADA/EASD Position Statement. Diabetes Care 35: 1364-1379, 2012
  2. Colberg SRら: 運動と2型糖尿病: ACSM/ADA Joint Position Statement. Diabetes Care 33: 2692-2696, 2010
  3. Hawley JAら: ヒポクラテスの時代から何が変わったのか?2型糖尿病を運動療法と食事療法で予防する方法について. Diabetologia 55: 535-539, 2012
  4. 緒方梓奈子ら: 2型糖尿病患者における運動強度からみた身体活動量の影響:福岡県糖尿病患者データベース研究(FDR6). 糖尿病 55(Sup1): S320, 2012
  5. 橋本佳明ら: 健診受診者における運動習慣の現状と運動効果について. 糖尿病55(Sup1): S320, 2012
  6. Dunstan DWら: 長時間座位をとらず時々立ち上がって体を動かすと食後血糖値とインスリン反応が下がる. Diabetes Care 35: 976-983, 2012
  7. O'Hanlon Dら: 若年発症2型糖尿病では食事・運動治療抵抗性である. Diabetes 61(Sup1): A182, 2012
  8. Burns Nら: 肥満白人において若年発症の2型糖尿病はβ細胞インスリン分泌の著明な欠陥、重度のインスリン抵抗性、有酸素運動への反応欠如として特徴づけられる. Diabetologia 50: 1500-1508, 2007
  9. Hernandez-Alvarez MIら:若年発症の2型糖尿病患者には運動による骨格筋PGC-1α/Mfn2系活性化に欠陥がある. Diabetes Care 33:645-651, 2010
  10. vanDijik JWら: レジスタント運動と有酸素運動どちらもIGTおよび2型糖尿病患者(インスリン治療の有無に関係なく)高血糖を是正する. Diabetologia 55: 1273-1282,2012
  11. Malin SKら: 境界型糖尿病患者におけるインスリン感受性に対して運動トレーニングとメトホルミンの個々および組み合わせ効果. Diabetes Care 35: 131-136, 2012

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